【鬼北町】栃木県からIターン・平野さんインタビュー(2/2)

松本 強志2015年1月15日 by松本 強志

こんにちは!

前回に続き、栃木から愛媛県鬼北町にIターンした平野さんのインタビューをご紹介いたします!

 

仕事が変わったことで、苦労されたことは何でしょうか?

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紙漉きが出来る冬は、朝から夜10時頃までずっと仕事です。

材料の下準備にとても手間がかかるし、紙を漉くのは本当に難しくて、かなりの練習が必要。

どうにか1枚漉くのに2年。

何百枚をある程度均一なクオリティに漉くとなると5、6年。

それでも紙としてようやくOKか?くらい。

漉けるようになっても次の冬になったら、勘を取り戻すためにまた練習しないと出来ない。

 

他の紙の産地の歴史を見ても、紙漉きする人が何百人も居た時に皆が何十年もやって、たったひとり80歳くらいになってやっと「名品が出た」って感じ。

私もずっと紙漉きしますけど、80歳までやって40年。ものになるかどうかは。

 

どんなものを名品としていいかもわからないんです。

「伊予の国にあった楮(こうぞ)紙ですごくいいものがあった」って古文書にはあるけど実物がない。

こんな感じだろうというのを目指してはいるけれど……まあ、ライフワークだからいいか、みたいな感じ(笑)。

 

 

実際愛媛に移住して起きた変化は何でしょうか?

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プログラマー時代は忙しくて、意識がある時は常に働いてる感じ。それとノホホンと暮らすのにはギャップはありましたね。

四六時中頭脳労働と、田舎でボケーッと暮らすのと、私はどっちも好きで、両方良かったんですけど。

技術者だとオンオフがすごくあるんですが、今は何か常にやってるからオンオフがなくて……なんかメリハリがなくなっちゃった(笑)。

まあでも年をとってくると細かいことをずっと考えたりスペックを達成したりする仕事はあっぷあっぷでキツいから。早めにやめて正解だったかな。

 

 

今後の目標は?

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未来のことやら安定のことやら考えて生きるなんてここ数十年で、昔の人は……人間は皆、ものすごくその日暮らしだったんじゃないかと思うんです。

田舎ならお米や野菜を多少作れるので、その日暮らしっぽい方へシフトしていければいいかなあっていう感じです。

 

世の中がここ2、30年、何でもかんでもビジネスになってるでしょ。

紙漉きも世界遺産になって、紙のこと何にもわかってなくても観光資源のためにやるのが最優先。皆が商魂たくましい。

 

私はエンジニアなので、やっぱり商売とは一線を引きたい。

売らなきゃいけないのもわかるし売りたい人たちもわかるけど、ものを作ったり考えたりするのはそういうこととは別の面白さで、譲れないんです。

 

 

愛媛へのIターンを考えている方へのメッセージをお願いします。

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田舎では何するにも手作り、手仕事、雑用。

暮らしや道具や家の周りやらにちょっと工夫を加えたり、小細工をしたりが楽しい人間には、田舎は悪くない。

ただ、ビジネスがないなら資本金が必要かな。

 

田舎に移住を考えるなら、大事なのが「ロケーション」なのか「したいこと」なのかを見極めるのはすごく重要。

前者は好きなところに住んでそこで出来ることを探す。私はそのタイプ。

後者はしたいことの条件に適したところを探す。

私はロケーションを選んだから仕事は何でも良かった。

田舎は大抵人手不足だし昔は色んな文化圏と生活様式があったから、探せば出来ることはきっとあります。

一方、ペンション開きたいとか木こりがしたいとか、したいことがあるなら一番良い場所を選んで行くべきで。

間違った場所で無理してやったって出来るわけない。そこをしっかり見極めるべきだと思います。

 

支援を縛りと感じることもあるし、よく考えて……、まあ貧乏もツラいからなあ、何とも言えないけど(笑)。

 

 

平野さんありがとうございました!

>第一回【鬼北町】栃木県からIターン・平野さんインタビュー(1/2)

category / 四国へ移住

この記事を書いた人

松本 強志

松本 強志

名古屋から地元愛媛にUターン転職。四国を元気にしたい思いでエンジニアから総合人材ビジネスへ転職。システム担当、総務担当、請負事業推進担当を経て現在、自分と同じ様に四国に戻って働きたい、四国で暮らしたい方への就業支援に従事し、四国外での転職セミナー企画や移住者の声をネットを通じ発信している。

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